オセロ 豆知識

オセロの起源

オセロは日本人の長谷川五郎氏が考案したゲームで、戦後・水戸で碁石を使って・・・という話を、彼の新し目の本や日本オセロ連盟のサイトで見ることができます。

一方で、オセロと似ていると言われるリバーシについての説明も避けて通れないと筆者は考えています。

リバーシ(Reversi)は、1883年にイギリスで、ウォーターマン(Lewis Waterman)とモレット(John W. Mollett)が考案したとされています。明治時代には日本にも入ってきて、「源平碁」という名前で打たれていました。

日本語で確認できる最古の文献は「世界遊戯法大全」(松浦政泰 編、1907年、博文館)で、「裏返へし(レヴアルシー)Reversi」として記述されています。「世界遊戯法大全」には初期配置は交差するように置く旨書かれており、リバーシの初期配置は並行であったという「噂」とは矛盾します。序盤から多く取るのは良くない、隅を取るべき、といった戦術も書かれており、当時それなりの戦術が存在したことがうかがえます。パスのルールも明確で、自分が打てないときは何度でも相手が打つことが書かれています。

1973年に日本で発売された「オセロ」は、8×8マスの中で石を挟んで取る(裏返す)など、リバーシと同じルールに思えます(石の色は違う)。1981年の「オセロの打ち方」(長谷川五郎著)には、「オセロの原型としてリバーシが存在した」旨書かれています。新し目の著書ではリバーシには触れられていないようです。仮にリバーシを別の名前で販売しただけだとしても、リバーシからオセロまで90年も間があり、イギリス人から訴えられなかったことからも、法的には問題ないと思われます。

オセロが広く普及した後は、商標の関係で、オセロと全く同じルールで「リバーシ」という名称で発売されたり、対局サイトが開かれることが多くなっています。

参考までに、「世界遊戯法大全」から引用します。元はこんな感じです。 ソース:世界遊戯法大全(コマ番号111、112)

読みにくいので文字に起こします。漢字が古くて面倒くさいのは現代の漢字やカナに直します。

裏返へし(レヴアルシー)Reversi
目下欧米の遊戯界の流行物の一であるが、一八七〇年英国の文学士ゼーダブリユ・モレット氏の考案に罹り、当時は「附け足し」(A??e??tion)といふ名で盤面も十字形であつたが、後に二百四十六図
246図
の如く縦横各々八道で八々六十四路の方形となつた。駒は丸い厚紙で、其数六十四個一面は黒で一面は赤である。初めには図の真ん中に赤と黒を二つずつ斜めに置き次に敵味方の色を決めクジか何か打ち出し定め順番に一ずつ縦なり横なり斜めなりに、前に置てある駒と今置く駒で、敵の駒を挟むやうに味方の駒を置き、其挟んだ駒を裏返して味方の色にするので、駒が盤全面に一杯になった時、黒と赤との駒の数を数へ、多い方を勝とするのである。概則を挙ぐれば、(第一)敵の駒を挟むのは、縦でも横でも斜でも差支えないが、別々に之を挟むことのできるばかりでなく、同時に又縦又横又は斜に挟んで、其挟んだ駒は悉(ことごと)く裏返すことも出来る。(第二)縦令(たとえ)味方に不利であつても、必ず敵の駒を挟まねばならぬ、即ち挟めるのに挟まないか、又は全く離して勝手な所に置くことは出来ぬ。(第三)何處(どこ)にも敵の駒を挟むような所が無ければ、自分は休んで敵に続けさせる。時には敵に二度も三度も続けさせなければばならない場合がある。左に必勝の秘訣を七ヶ条挙げる。第一条決して敵の駒を多く殺すのが、誉めたことではない、少しく殺して多く殺される場合も少なくない。能(よ)く後々のことを考へ、最後の勝利を期さなければならぬ。第二条成るべく敵に挟む處(ところ)のないやうに仕向け、味方が再三続けるが利益である。第三条「上々」即ち四隅は最も安全で、一度取れば敵に取返へされる憂がないから、之を取ることを心掛けねばならぬ。第四条始めには成るたけ真中の十六、即ち図の より外に出ないやうにするが可(よ)い。出ると、敵に隅の「上々」又端の「上」の場所を取られる恐れがある。第五条「上」は総て「上々」即ち隅を取るに有利な場所である。第六条「下々」は之に反して敵に隅を取らせる結果となるから、成るべく之を避けねばならぬ。第七条「下」は「下々」程にはないが、防御に困難であり、防御し得ないことも間々あるから、避ける方が可い。第八条「上々」と「上」とがすでに敵に取られた以上は、敵の駒と駒との間に割込むことは多少敵の隅の勢力を殺ぐ効がある。

戦術を7…つと書いた後に8つ書いているように見えますが(^^;

「逆転の発見」(井上博著)には、8×9マスや間接挟みの話が書かれています。

参考:「逆転の発見」(井上博、1977年、P.66) 逆転の発見P.66

戻る